December 20, 2005

京都に暮し原告となった在日一世のアンソロジー集

■書評:中村一成「声を刻む--在日無年金訴訟をめぐる人々」(2005年6月・インパクト出版会・2000円+税)

 中村氏は現在、毎日新聞大阪本社社会部の記者。本書は主に、京都支局で司法を担当していた2003年4月から2005年3月の間、在日年金訴訟に関する取材を通じて重ねていた京都の在日1世のインタビューで構成されている。裁判の方は、判決理由としても「裁量権の範囲内」の一言で片付けられてしまって、「なぜ在日だけが排除なのか」という基本問題にまで、なかなか立ち入れない。これでは、裁判の記録として深みをつけるにも限界がある。年老いている在日1世の人生を、一人一人丁寧に聴き取って記録した、アンソロジー集といった方がふさわしいのではないだろうか。
「簡潔さと分かりやすさが要求される新聞記事では、削ってしまわなければならない部分にこそ大事なことが含まれている」と、中村氏は執筆の動機をまずそう答えた。そして本書にはもうひとつ、自身も在日2世の母を持つという著者の個人的な想いがある。
「1世の祖母と母は日本に『帰化』したこともあり、在日であることはおろか、自分達の過去を一切話そうとはしませんでした。学生時代の母の卒業アルバムも、名前が削り取られていたくらいです。ただそれは、私から問い質すようなことではないと思っています。祖母は健在ですが、疾患のため、もう詳細に自らの来歴を説明するようなことは困難な状態です」
 母親や祖母は、どこから来てどんな生活を送っていたのか。親の幼少期以来のエピソードは、ふつうなら親の口から飽きるほど繰り返し聞かされるものだろう。著者にとって本書を編む作業は、自分に足りないものを埋めようとする作業だったという。
 このため、来日の経緯や終戦後の混乱期、北朝鮮への「帰国運動」といった各人に共通の歴史的事件が、丁寧に横糸として織り込まれながらライフヒストリーが展開されている。生半可な教科書的知識しかない私のような読者には、それがとても読みやすい。
 それにしても在日1世は、なぜ来日し、なぜ帰らなかったのか。
『もうちょっと稼いで借金を返してからにしよう--』同じように帰国を思いとどまるのだが、登場する人ごとに「事情」はそれぞれだ。
「新聞記事にするとどうしても、連れ去られたとかいちばん悲惨なことだけを書いちゃうんですよ。即物的な意味で無理やり連れ去られて来た人ばかりじゃない。でも、当時は宗主国ですから日本の生活に夢を抱くのもまた自然なことですよね。そうしたことすべてに日本や私達は責任を持つべきじゃないでしょうか」
 原爆体験と同じように、高齢化が進む在日1世が自身の体験を語れる時期が残り僅かになっている。それにしては、まとまった量のアンソロジーを残す動きがあまりにも少なすぎるのではないだろうかか。本書の読後には、強制連行があったのかなかったのか、集団帰国は間違いだったのか否か、そうしたモンキリ調の議論があまりに浅薄なレベルで繰り返され過ぎたことに改めて気づく。「もうお金の問題じゃないんです」ある原告となったオモニが、そう答えるシーンがある。どちらも、もうすぐタイムリミットなのだ。

【追記】2006年12月20日 初出の原稿中、書籍のサブタイトルの表記に誤りがありました。訂正しお詫び申し上げます。

【追記】川崎の桜本(旧池上)地区の記録を保存するサイトを見つけました。(2006年4月10日)
    「川崎在日コリアン生活文化資料館」

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October 20, 2005

フランスの多文化・抑圧状況がうかがえる,アラブ系若手女性活動家の半生記

■書評「自由に生きる――フランスを揺るがすムスリムの女たち」
ルーブナ・メリアンヌ著・堀田一陽訳
(社会評論社・2000円+税)

 本書はフランス生まれのアラブ人2世の若手女性活動家が書いた半生記である。といっても著者のルーブナは1978年生まれ。まだ半生記というには早すぎるかもしれない。それでも彼女は、1998年高校生運動のリーダーの一人として、パリに3万人、全国で50万人のデモを繰り広げ、半自主差別組織『SOSラシスム(SOS人種差別)』に加わり、その闘志というかスポークスマンとして才能を発揮している人物。「売女でもなく、忍従の女でもなく」をスローガンとしたアラブ系女性の運動でも先頭に立っている。
 少女時代の1980年代。当時のフランス思想界といえば、豊かで成熟した多文化社会を目指した気風が生み出す「共生の論理」の時代だった。そのエッセンスは和訳されて日本にも伝わり、当時大学生だった私も魅了されたものだ。しかし、訳者の堀田氏が解説によれば「その内実は社会から分離された小集団が社会の片隅に寄り集まっているに過ぎな」かったのだという。じっさい、著者は自らが育ったアラブ人が集住する地区からなんとか脱出を試みる。最初はリセへの進学によって、そして学生運動家として。
彼女の挑戦は、アラブ人コミュニティ内部の閉塞感への挑戦である。それゆえに、その閉塞性に加担しているコミュニティとフランス社会の双方が批判の対象となる。政治的には、反ルペンであるのはもちろんだが、フカーフを巻いて通学できることが、多文化社会の前進やムスリム系住民の地位向上だとする議論についても安直だと手厳しく批判する。保守的なイスラム原理主義も、共存を唱えるながらも「良心的」なイメージで点数稼ぎをしようとする政治家も、彼女にとっては敵なのだ。
人口約6000万人程のフランスには、500万人のムスリムが暮しているといわれる。人口比率だけではない。歴史の厚みや宗教的な状況など、日本とはかなり違いがあるはずのフランスの状況を我々はどれだけ知っているだろうか。他方で、80年代半ばから国内に増えたニューカマーのコミュニティでも2世が活躍の機会をうかがう時期がそろそろ来るはずであることを、もっと意識すべきではないのか。
本書のような若手活動家の記述を読むと、私のような運動好きはかなりの活力をもらうことができるものだ。読み進めながら、表紙の顔写真を何度も確かめるように眺めた。そして、もっとフランスや他国の状況への目配りを利かしながら、国内での運動の新たな機軸の発見に活かすような努力をしたいものだと思うのだった。

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