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August 12, 2017

パスポートに出生地や本籍地が記載されているのはなぜ?

海外に暮らすと日本のパスポートを身分証明書として提示する機会があります。ところが西洋諸国に暮らす方々の中には、「出生地の表記がない」と身分証として認めてもらえずに困ったという体験をお持ちの方が少なからずいるようです。とくに最近、ドイツの金融機関が本人確認のために用いるパスポートを「出生地が記されたパスポート」と限定して日本パスポートを除外してしまうという報告が相次いでいます。
そこで今回は、「出生地」や「本籍地」が、なぜパスポートや身分証明書等に記載されているのか、指摘させていただき改善策を考えたいと思います。
(注:AMFのMLへの投稿に修正を加えています)

Passport_2


1. カトリック教会の登録システムと「出生地」

公証制度における「出生地」の機能は、私はかつてカトリック教会の方々から次のように教えていただきました。
カトリック教会の信徒の方々は、世界中どこに引っ越しても、婚姻や死亡といったときには、最寄りの教会に届け出をするのだそうです。そしてこのとき必ず「出生地」を書き添えて届け出ます。
この届け出を受けた教会はそこにある「出生地」を見て、管轄の教会を特定し、出生届けを保管しているであろう教会にむけて、今回どんな届け出を受けたかを通知することになっています。
その結果、どこの教会にどんな届出をしても、人生の最初に出生を届け出た教会に必ず集約されるようになっています。こうして「出生地」を管轄する教会は、世界で唯一その人の生涯にわたる記録を把握している教会ということになるわけです。


2.「出生地」と「本籍地」が持つ同じ役割

近世以降、教会こそ役場に置き換わっているでしょうが、世俗化の波を経てもなおこのような制度が続いている国がたくさんあるわけです。それらの国々では出生地の役場こそが、市民の記録を生誕から死亡までずっと把握している唯一の公的機関ということになります。
このため、キリスト教圏の相手との婚姻を届けるときには、出生地の役場から出生証明書とあわせて独身であることの証明書も取り寄せることになります。このとき、その方がどこで育ったとか、どこに住んでいたかは重要なことではないんです。出生を届け出た役場にすべての記録が集中しているはずだからです。

もうお気づきになられたでしょうか。出生地がパスポートに記されている理由は、「どこで生まれたか」を示すわために記されているわけではないのです。パスポートに書かれている本人情報の原本をどこでだれが管理しているかを示しているということです。万一、そのパスポートが偽造されていないかどうか、データに誤りがないかどうかを確かめたければ、出生地の役場に問い合わせを入れてみればいいわけです。
つまり、日本のパスポートに記されている「本籍地」とキリスト教圏の各国のパスポートに記されている「出世地」は、生涯にわたる記録を捕捉している唯一の公的機関を示すデータとして、まったく同じ意味を持っているのです。

「出生地」が表記されてないために身分証明書として拒絶されてしまう大きな原因は、提示する方と提示された方の双方に、「本籍地」や「出生地」について、なぜパスポートに記されているか、あるいは身分証に必要な要素となぜ言えるのか、その意義があまり理解されていないことにあるのではないでしょうか。

3. 「registered domicile」に変わる訳語を

じつはさらにもうひとつ、適切な理解を妨げる大きな障害になっていることがあります。それは日本のパスポートの「本籍地」に付されている英訳「Registered Domicile」です。
「domicile」はラテン語由来の住所を意味する言葉ですが、役所言葉として使われるときには「正式な住所」あるいは「登録上の住所」ぐらいで用いられていることが多いでしょう。むしろ住んでいる住所である「居所」に対する「住所」として用いた方がすっきりしそうなくらいです。

オンライン辞書大手の weblio でみると研究社の英和中辞典からの引用として次のように書かれています。
-----------------------------
domicile 【名詞】
1住まい,家.
2【法律, 法学】 住所.
 用例 one's domicile of choice [origin] 寄留[本籍]地.
-----------------------------
 出所:http://ejje.weblio.jp/content/Domicile

不思議に思うのは、居留地と対になる言葉は本籍地なのかということです。もしかしたら、日本の戸籍にまつわる訳語としてこの単語が用いられてきたという英語圏における日本研究の歴史があるのかもしましません。しかし、そうした事情に疎い大多数の人が、居留地と対になる言葉といわれて思いつくのは「本国住所地」あたりじゃないでしょうか。

そして形容詞「registered」は法的なシーンでこそ「登記された」「正式に届出られた」というお堅い使い方もありますが、さまざまな登録・記録をイメージできる広い言葉です。たとえ、歴史的に日本の戸籍制度を英語で解説するときに用いてきた経緯があるにせよ、たとえば日本の研究などしたこともないとある国の銀行員、あるいは携帯電話販売員に、日本の公証制度における「住所」と「本籍地」の違いを意識させるにはとても不十分だと思われるのです。

ようは日本の制度に知識のない人が見て、「ここに原簿があるのね」とか「怪しげならあの役場に問い合わせればいいのね」ということが分かればいいわけですから、
「本籍地/ Origin of Personal Data」
「本籍地/ Original Archive of Personal Data」
「本籍地/ Gov. responsible on the personal data」
あたりではいかがでしょう。あるいはこのような趣旨で、どなたか適役な方に適訳を考えていただいて、代案として外務省に表記の変更を要望してみるの良いかもしれません。


PS.
パスポートに記載されている本人データの出所は様々です。居住地の警察署がその位置に表記されているケースもあります。
こうして良く考えてみると、現在まるでスタンダードかのように「出生地」という表記が西洋の身分証明書に表記されているわけですが、これこそ西洋中心主義的な傲慢さと受け取られかねないことではないでしょうか。たしかに教会方式の登録制度は、遠方への移住を受け止めやすいという長所があるように思います。しかし、制度を知らない者にとっては身分証明書に記載される意義がまったく想起できないという点では明らかに劣っています。国際的によりよいスタンダードとなる新たな表記が提案されるべきなのかもしれません。


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