緒方拳と小学生の淡い初恋
風のガーデンの花言葉
俳優の緒方拳が亡くなったというニュースにはちょっと驚いた。
小学生の頃だったか、NHKの大河ドラマによく出ていたのを思い出す。ニュースでは、彼の出世作として「太閤記」(大河ドラマ・1965年)ばかりが強調されていたが、私が覚えているのは1970年代以降の放送である。すでに彼が技量の高い役者として、その地位を確立していたころではなかったか。
とくに印象に残っているのは、1976年に放送された「風と雲と虹と」での藤原純友役。主役は、室町時代中期に朝廷への反乱を起こした平将門を演じる加藤剛。同時期に反乱を起こした純友は、瀬戸内の海を跋扈(ばっこ)する荒くれたちの首領であった。
教科書的にいえば、二つの反乱は、貴族の時代から武士の時代へと大きな変化が始まっていたことを示す、…とされる。今思えば当時の大人たちは、かつて源義経(1966年、大河ドラマ)で弁慶を演じた緒方が、やはり瀬戸内を重要な基盤とした平家を思わせる役どころを演じるというようなところにも関心が持たれていたのかもしれない。
風貌のせいか、主役の加藤はやや大味、小学生にその魅力を理解するの難しい。藤原純友を演じた緒方の野性味と、その中の人間臭さに惹かれていた。その後も、山田太一の作品との相性に凄味があったような気がしている。
…とかなんとか、いっぱしの批評家気取りで考えながら帰宅すると、亡くなる直前に収録を終えたというテレビドラマ「風のガーデン」の初回を録画されていたのでさっそく妻と二人で観ることにした。倉本聰の脚本ということもあって、今回も北海道・富良野が舞台。緒方が扮するのは、わけあって二人の孫といっしょに暮らす老年の医師、貞三である。
貞三は、身近な花に思い思いの花ことばを付けていた。知的障害の男の子で孫の岳は、植物の名前とともにその花ことばを片端から覚えていくというエピソードが挿入されている。訃報を知っているだけに、ひとつひとつの花言葉に込められた思いをあれこれ考えてしまう。
この日の放送では、ある小さな赤い花に「小学生の淡い初恋」という花言葉を付け、岳に覚えさせていた。
「初恋ってわかりますか?」
岳に問いかけるこのやり取りは、何かの伏線になっているのだろうか。
小学生の淡い初恋
風のガーデンの放送が始まったこの日は木曜日。
小学校2年生になった愚息の虹太が、いつになく長時間、真剣に宿題に取り組んでいた。
いつもなら、いい加減かつ乱暴にチャッとやるのがセイゼイなのに、大変珍しい姿であった。
いったいどんな宿題なのかと覗き込んでみると、この二週間お世話になった教育実習生のY先生にお礼とお別れの手紙を書いているのだという。
日頃はろくに絵を描くこともないので、その拙さが痛々しい。とくに人物を描くのが苦手。ようするに目と鼻と口、頭と胴と手足のバランスはおろか、それぞのアイテムの記号的なバリエーションすら会得していない。それでも、先生と自分しかいない教室風景を枠いっぱいに描いて見せた。親の眼には、現時点における彼の総力を注ぎこんだ秀作であるとハッキリと分かった。
文章は別の紙に下書きまでして、ママと相談しながら慎重に練り上げている。卒業後は自分の小学校にぜひ着任して欲しいと3度繰り返してから、「約束だよ」と一方的かつ身勝手な契約を押し付ける文末で締めくくられていた。
さてさて、実習生のY先生はどんな女学生だろう。
例の花言葉を思い出しながら、思いを馳せた。
「パパも大学生のとき、教生の先生をやったことがあるんだよ」
「それじゃあ、お手紙はもらった?」
「中学校だったから少ないけど、3通ぐらいならもらったかな」
「そのお手紙、今も持ってる?」
「……。」
真剣なまなざしにも、ただただ絶句するばかり。
ランドセルにしまった手紙を今一度確かめてから背負った愚息を見送りながら、
つまらない自慢をしてしまったことを後悔した。
「少年よ。パパは幼稚園の担任の先生に初恋してたぞー!」


Recent Comments