フランスの多文化・抑圧状況がうかがえる,アラブ系若手女性活動家の半生記
■書評「自由に生きる――フランスを揺るがすムスリムの女たち」
ルーブナ・メリアンヌ著・堀田一陽訳
(社会評論社・2000円+税)
本書はフランス生まれのアラブ人2世の若手女性活動家が書いた半生記である。といっても著者のルーブナは1978年生まれ。まだ半生記というには早すぎるかもしれない。それでも彼女は、1998年高校生運動のリーダーの一人として、パリに3万人、全国で50万人のデモを繰り広げ、半自主差別組織『SOSラシスム(SOS人種差別)』に加わり、その闘志というかスポークスマンとして才能を発揮している人物。「売女でもなく、忍従の女でもなく」をスローガンとしたアラブ系女性の運動でも先頭に立っている。
少女時代の1980年代。当時のフランス思想界といえば、豊かで成熟した多文化社会を目指した気風が生み出す「共生の論理」の時代だった。そのエッセンスは和訳されて日本にも伝わり、当時大学生だった私も魅了されたものだ。しかし、訳者の堀田氏が解説によれば「その内実は社会から分離された小集団が社会の片隅に寄り集まっているに過ぎな」かったのだという。じっさい、著者は自らが育ったアラブ人が集住する地区からなんとか脱出を試みる。最初はリセへの進学によって、そして学生運動家として。
彼女の挑戦は、アラブ人コミュニティ内部の閉塞感への挑戦である。それゆえに、その閉塞性に加担しているコミュニティとフランス社会の双方が批判の対象となる。政治的には、反ルペンであるのはもちろんだが、フカーフを巻いて通学できることが、多文化社会の前進やムスリム系住民の地位向上だとする議論についても安直だと手厳しく批判する。保守的なイスラム原理主義も、共存を唱えるながらも「良心的」なイメージで点数稼ぎをしようとする政治家も、彼女にとっては敵なのだ。
人口約6000万人程のフランスには、500万人のムスリムが暮しているといわれる。人口比率だけではない。歴史の厚みや宗教的な状況など、日本とはかなり違いがあるはずのフランスの状況を我々はどれだけ知っているだろうか。他方で、80年代半ばから国内に増えたニューカマーのコミュニティでも2世が活躍の機会をうかがう時期がそろそろ来るはずであることを、もっと意識すべきではないのか。
本書のような若手活動家の記述を読むと、私のような運動好きはかなりの活力をもらうことができるものだ。読み進めながら、表紙の顔写真を何度も確かめるように眺めた。そして、もっとフランスや他国の状況への目配りを利かしながら、国内での運動の新たな機軸の発見に活かすような努力をしたいものだと思うのだった。


Comments
フランス映画だと思うのですが日本名で「女はみんな生きている」を見るとフランスの社会が一部が分かります。
フランス人主婦がひょんなことからアルジェリア人売春婦を知ることから始まる話です。面白いです。
Posted by: madoka | November 08, 2005 at 10:20 PM
今回のフランスでの暴動ニュースに接して、日本の現状を踏まえ、いろんなことを考えさせられた40代の会社員です。学生時代に聞いた文化人類学の先生の講演を思い出しました。その趣旨は以下の通り。
1.皆さんは、神道なんて古くさいものは自分とは何の関係もないと思っているでしょう。しかし皆さんがどうお考えになろうとも、皆さんの深層意識には神道が埋め込まれています。神道が信仰の対象にしているのは、何もない空間です。その何もない空間の周囲にしめ縄を張って聖域として祭ると、そこには神が宿ると考えます。
2.この場合の神は変化自在で何にでも変わります。仏教でもいいしキリスト教でもいいし、経済学でもいいし、フランス文学でもいいし、医学でもいいし、建築でもいいし、クラシック音楽でもいいし、何でもかまいません。そうやって各自が神をして選び取ったものを、ひたすらあがめたてまつって生涯かけて磨こうとする、というのが神道の信仰と実践です。
3.だからAという国の文化研究を生涯の職業として選んだ人は、A国文化をひたすらあがめたてまつって、生涯かけて自分の中にあるA国文化を磨こうとします。
B国文化研究を選んだ人なら、B国文化に同じことをやろうとする。医者だったら医学、建築家なら建築、料理人なら料理に対して同じことをやろうとする。
4.何とかの道ひとすじ何十年という人が高く評価され尊敬されるのは、神道の教えに忠実に生きたことの証だからです。その逆で、職業を何度も変えるような生き方は神道の教えに反する悪い生き方です。その人は周囲から尊敬されないし、自分の人生に自信が持てません。
5.この日本文化の特徴にはもちろん長所と欠点があります。各分野でおのれを磨きながら生きていく人が多数輩出するので、社会全体の効用が高まり活性化します。近代化もすみやかに達成されます。その代わり、いわゆる専門馬鹿を生み出しやすいのです。外務省チャイナスクールがいい例ですが、自分たちの神を守るためには国益さえも犠牲にしかねません。
Posted by: アキレスの踵 | November 20, 2005 at 03:30 PM