« November 2004 | Main | January 2005 »

December 30, 2004

仮放免中に外国免許から日本免許へ切り換える【調査報告】

 国内に在住する外国人にとって、国内免許を取得する最も現実的かつポピュラーな手法は、海外免許からの切り換えです。現に有効な海外免許証を持っていることと、その免許を取得後3か月以上当該国に滞在していることが基本的な要件になっています。そこで、今回の調査は、在留特別許可を求めている場合に仮放免中でも申請が認められているかどうかを把握しようとするものです。

免許センター事に異なる対応
 すでにいくつかの事例報告から、運転免許センターによって対応がまちまちであることが知られていました。2004年年末に、関東圏の各運転免許センターに電話でヒアリング調査を実施。その結果は次の表のようになりました。
 とくに申請者の集中する東京の3免許センターでの差異は興味深いものです。今回は電話によるセンターへの問合せた結果をもとにしていますので、体験談等と合わせるなど検証が必要ですが、府中では「認めていない」と明言されたのに対し、鮫洲や江東では状況によっては、申請が認められることを示唆されました。仮放免が長期にわたるケースを中心に、相談する価値はありと見ました。
 同じ応相談(表中「△」)でも、埼玉の場合は、日本人配偶者の戸籍謄本など婚姻関係を示す書類の提示を求めているとのことでした。じっさいに申請した方の報告でも受付けられており、日本人の婚姻ならば認めようという趣旨で運用されているようです。

■表「国外免許からの切り換え申請の可否:各県別 2004年末現在」

  都県      可否    備考

  東京 府中  ×
      鮫洲  △ 仮放免中は申請者の状況に応じて受付の可否を判断する。
      江東  △ 同上(実技試験が実施できず、一部の国の免許しか、切り替えられない)
  群馬      ×
  栃木      ○
  茨城      ○
  埼玉      △ 日本人との婚姻を示す書面の提示を要する。
  千葉      ○
  神奈川    × 事情に寄ればという余地がないわけではないが、100%に近くお断り。
  長野      × 申請から受験まで2か月末(04年年末)
  山梨      △ 原則は不可だが、致し方ない状況にあれば可
  静岡      ○


なぜ差異があるのか
 このような地域差が生じる理由としては次の三つの要素が考えられます。まずは、仮放免中という申請者の入管法上の地位に対する考え方です。第二の要素は、自動車の利用が生活にどれだけ必要かという地域性です。第三の要素としては、地域に住む外国人の多さでありましょう。
運用の地域的な差異をもし肯定的に捉えるならば、各地の交通事情から運転の必要性と仮放免という地位の「危うさ」とのバランスが考慮されている結果だと考えることもできます。日常的な生活のかなで車の運転が必須ともいえる地域では、無免許運転の誘因がそれだけ高く、結果として事故の被害者への補償が不十分になるケースが増えるという社会的なリスクに配慮せざるを得ないからです。ただし、このような見方からは、申請を受付けても良いはずと思われる群馬や長野では申請を認めていないようですから、このようなバランス論も限界があります。


申請から1~2か月待ちの状態
 なお、2003年6月以来、国内に1年以上の長期滞在をする外国人は、国際免許の利用ができなくなっています。このため、増えた申請数に処理能力が追いつかず、申請後も1~2か月間の「順番待ち」を必要な状態になっている免許センターもあるようです。免許証の券面に取得年月日が記載されていない場合は、免許の発行日を確認する方法が発行国ごとに違ってきますので、申請の場合は必ず免許センターに電話で確認する必要があるでしょう。
 今回は調査の対象としなかった地域の体験はもちろん、応相談とされる免許センターでの体験、あるいは表とことなる結果となった体験をお持ちの方はぜひご連絡ください。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

新年1月のイベント案内

■第1回多文化共生教育実践交流会
「保護者や卒業生と本音で語る」
県内の在日外国人の保護者や卒業生の思いを聞きくとともに教員の悩みもぶつけ、何をしていけばいいのかを共に考える。

【と き】2005年1月18日(火)13時半受付、14時~16時半
【ところ】奈良県社会福祉総合センター(橿原市大久保町)
【問合せ】奈良県外国人教育研究会

外部講師と連携してつくる国際理解教育
地球市民学習地域セミナー in 相模原

外国人住民や国際協力を行うNGOスタッフ、青年海外協力隊経験者など、外部から講師を招いて授業をおこなう学校が増えた。学校と外部講師の両者が協力して授業を実践する方法について、学校と外部講師側の双方の意見を聞きながら、よりより連携のあり方を考える。紹介事例に、さがみはら国際交流ラウンジの講師派遣事業、JICAの出前講座の依頼体験を。コーディネーターは武蔵野市国際交流協会の杉澤経子氏。

【と き】2005年1月22日(土)13:30~16:30
【ところ】神奈川国際学生会館淵野辺・1階研修室
(JR横浜線「淵野辺」駅南口から徒歩3分)
【ひよう】無料
【問合せ】(財)神奈川県国際交流協会(担当:山内)

ハーフとして日本に育った私たちのホンネ
「学校や地域社会での体験」や「所属意識をもつ場所と、国籍について」など、国際結婚家庭に育った子ども達の体験や思いを聞き、彼・彼女たちの視点から見た日本を通して彼・彼女たちのことやこの社会について考えるつどい。託児施設有り。

【と き】2005年2月5日(土)13時半~16時
【ところ】大阪市立北市民教養ルーム(大阪市北区茶屋町1)
【ひよう】500円
【問合せ】国際結婚を考える会

講演会・阪神淡路大震災から10年
-人間として・キリスト者として-

阪神淡路大震災から10年。人に必要な地域コミュニティの復興はなされたのでしょうか? 長田区は韓国・朝鮮人、ベトナム人が多く生活する地域ですが、そこに多文化共生の社会への道筋をみることができているのかを、カトリックたかとり教会の神田裕神父の講演を通じて考える。

【と き】2005年2月25日(金)18時半
【ところ】神戸学生青年センターホール(灘区山田町)
【ひよう】600円(学生300円)
【問合せ】(財)神戸学生青年センター


■「ホルモン=放るもん」説を論じる 
神戸学生青年センターの朝鮮史セミナー。ホルモン焼はの「ホルモン」は「放るもん(捨てるもの)」に由来するという説があるがこれはマチガイ。朝鮮・中国・日本の食文化研究家の佐々木道雄さんを招き、「ホルモン」を中心テーマに据えて日韓の食文化を考えてみます。
【と き】2005年3月4日(金)午後6時半より
【ところ】神戸学生青年センターホール(灘区山田町3-1-1)
【ひよう】600円(学生300円)
【問合せ】(財)神戸学生青年センター


■日本で暮らす外国人の子育て支援
多文化保育を行う桜本保育園の記録映画「ヘンニムの輝き」の上映会を午前に。午後はシンポジウムの2部構成。
パネルディスカッション「外国人の子育て支援」ののち、「多文化保育を考える」と「外国人親への支援と地域作り」の2分科会に分かれて討議する。東京女子医大の李節子氏や地域活動者の田所希衣子氏がコーディネート役。現場で外国人親子に関わる行政、NPO、地域のボランティアなどが枠を超えて集まり課題の共有化や情報交換の場に。

【と き】2005年1月30日(日)10時~16時半
【ところ】東京ウイメンズプラザ視聴覚室(東京都渋谷区神宮前)
【ひよう】1500円(映画andシンポ)1000円(映画orシンポ)
【問合せ】多文化共生センター東京21


なら・国際こどもフォーラム

【と き】2005年1月16日(日)10時~15時
【ところ】郡山南小学校
【問合せ】奈良県外国人教育研究会 


■シェイダさん在留権裁判ゲイであることから迫害を逃れてきたイラン人、ジェイダさん。その難民不認定取消訴訟の第二審も判決を迎える。報告集会を同日弁護士会館で予定。

【と き】2005年1月20日(木)午後3時開廷(集合:2時30分)
【ところ】東京高等裁判所(地裁と同じ建物)第809号法廷
 ・東京地下鉄霞ヶ関駅下車徒歩3分(A1出口下車)


■進路ガイダンス主催者交流会
進路ガイダンスを実施する主催者の交流会。各地でのガイダンスの状況やサポート状況などの情報交換を目的にする。初回だった昨年は、神奈川、千葉、埼玉、長野、浜松、東京などから集まった。

【と き】2005年1月16(日)13時~17時
【ところ】東京ボランティアセンター・会議室B
(JR総武線・飯田橋駅西口から1分、セントラルプラザ10階)
【対 象】進学ガイダンス主催者、または実施を考えている方
【問合せ】多文化共生センター・東京21 

| | Comments (0) | TrackBack (3)

December 13, 2004

二重国籍はずるいのか-02

 前回の記事では、1985年の法改正で父親からだけでなく母親の国籍も受け継ぐ両系主義に転じることになり、このときの改正のありかたが、20年を経過した今現在の議論の出発点になっていることを中心に解説した。
 じつは、このブログサイトへのアクセス経路の統計をみると、ヤフーやグーグルなど大手検索サイトから「二重国籍」で検索してやってくる人が実に多い。そうなるとこれをテーマに何か書かねばと、思ったりもする。

出生以外で重国籍にはなれない

 2重国籍を持つことになるケースで最も数量的に大きいのは、なんといっても①出生地主義をとる国の域内で生まれた子ども達と、②国際結婚で父と母の国の両方の国籍を受け継ぐことになった子ども達の場合であろう。
 あっしのように、父は秋田出身で母は埼玉出身という具合に双方が日本人、しかも埼玉県で生まれ育ったとなれば、いくら望んでも重国籍者になるのは難しい。もしかりに、こんな奴に国籍を与えようという奇特な国があったとしても、日本の国籍法は、出生後に本人が望んで他の国の国籍を取得した場合には、日本国籍を自動的に失うという規定があり、ほぼ後天的に重国籍になる道は塞がれている。
 というわけで、日本の国籍法の下では、望んでもその立場を得ることができない重国籍者。そうであるからこそ、ねたみの対象になりやすく、「ずるい」と受け止められがちだ。でもそれにしちゃあ、「米国に行って出産すれば、アメリカの国籍も取れるのよねぇ」なんて話しは、実行するかどうかはともかく、子どもの誕生を目前としたカップルなら一度は交わされることがある会話。…と言ったらちょっと大げさかもしれないが、それに近い状態にはあるだろう。
 こうしたちまたの標準的な「国民的」意識からすれば、直感的かつ安易な損得勘定としては「トクなこと」と感じられる一方で、道徳というか善悪と言う意味ででは、二重国籍は「悪いこと」という受け止め方も、ないかきわめて薄いと言っていいんじゃないだろうか。

どちらの国にも住める自由!?

 二重国籍は素敵かもしれないと考えるとき、いったい人は何を思い浮かべているのか。第一には、日本のほかにもうひとつ住める国ができるということだ。現実的には、二重国籍だからといって、1人の人間が住める場所というのはそうあるものではないが、そんなことは分かっていても、理論的な選択枝がもうひとつあるというのはうれしいものなのかもしれない。確かに小さいときからその選択枝を活かせるように努力すれば、二つの国を行き来しながら人生が過ごせるかもしれないからだ。
 もし、ひとつの国が戦争や経済的な困難に見舞われたら、逃げ出すことだって可能かもしれない。ひとつしか国籍を持っていないような個人では回避の難しい社会的困難というリスクを、低減させることができるかもしれない。そんな期待感が高いのも事実だ。
 こうした期待は第三者から見れば「特権」となる。前述のようにいくらおカネを積んでも、いくら努力しても得ることの出来ない特権。「二重国籍はズルイ」の原初的なイメージはいくら解体しても、これに尽きるような気がしている。

重国籍者に残るツライ歴史

 しかし、重国籍者がそんなに恵まれているかといえば、史実は逆を示してはいないだろうか。
 かつての米国でも、ブラジルでも、ペルーでも、これまで数多くの史実は、このような逃亡の自由を選択できた日系人がいかに少なかったか。そして二重国籍がかえって苦しい現実に巻き込まれる原因、つまり危険要素となりかねないことを強調するかのようだ。収容所に押し込まれることになっても、日本に帰国できなかった人はたくさんいたのである。ペルーや米国では、第二次世界大戦中に日本国籍を離脱する人々の動きがあったことは覚えておかねばなるまい。
 二重国籍をじっさいに人生に生かすためには、かなりの能力を必要とすることが求められるということがいえるだろう。とくに優れた能力や資質を備えなければ、そしてあっても運が悪ければ、いつでもどっちつかずのコウモり野郎と貶(おとし)められるリスクが付きまとう。一部の人が称賛を受けるようになったとしても、それは、たくさんの貶めようとする圧力を跳ね返してのものだと観るべきだ。もちろん、これを見越して回避するための努力は大いに奨励され称賛されて良いような気がする。

子どもにすればいい迷惑?

 こうした観点から、重国籍であることが、何がしかのリスク回避になる場合があったとしても、それ以上にリスク要因となることの方が多いのだという前提は、ともすると簡単に忘れられがちなのは不思議なことだ。
 重国籍となるたいていの子ども達は、おそらく両国を股にかけることなんかできない。重国籍の子ども達の中には自らこの余計な重荷から解き放たれたいと思うものだって少なくないだろう。重国籍に我が子をしたいと願う親でも、やがてはそれをウスウス知って、悲しむ他ない。
 国内の外国人を見ていても、日本国籍がとれれば、我が子の出生届を母国に出そうとせず二重国籍にすることにほとんど関心を示さない外国籍の親も少なくない。手続きの煩雑さから忌避しているというよりは、余計な国籍を持つことへの不安感が漠然とだが強くあるのではないかと思われる。
 それでもときとして重国籍者がきらめくような重要な役割を果たすシーンがある。あると思いたい。不利だという一般状況を跳ね除け、活躍できる子どもが一人でも増えるように、社会が応援する度量があるかどうかではないだろうか。

2004年通常国会/円より子質問

 そうした文脈に訴えたのが、次のにご紹介する、2004年3月8日、先の通常国会の参議院決算委員会で民主党の円より子議員が行った質問だった。やや強引だが、ここで紹介しておきたい。

「実はフランス人を父に、日本人を母親に持って、フランスで生まれフランスで育っている十八歳の男の子から手紙をもらいました。 彼は二十歳になると、フランスでずっとこれから住み続けるならば日本国籍を放棄しなければいけない。そして、彼は毎年おじいちゃん、おばあちゃんのいる日本に来て、日本語ももちろん勉強し、一か月ですが日本の小学校、中学校にずっと通い、日本をとても誇りにして、日本が大好きな男の子なんですね。でも、フランスでずっと住み続けて向こうで仕事をする。ところが、もしかしたら二十五か三十になったときに日本に帰ってきて仕事をするかもしれないというような希望も持っている。そうした人たちが今、全世界にたくさんいらっしゃるんですが、せっかく日本を愛している子供が日本国籍を放棄しなきゃいけないという、とてもそこで悩んでいるわけです。
 自分の親の血を、また受け継いだ文化、そうしたものをすべて何か放棄するようなアイデンティティーの喪失に悩む。なぜ国籍を放棄しなきゃいけないのか。そういう方たちがこれから国際結婚や、また国際結婚じゃなくても外国で仕事をする方たちが増えていくこうしたグローバルな社会の中で、こういう問題は早急に私は改めた方がいいのではないかと思うのですが、いかがお考えでしょうか。」

 この質問に対して、「率直に言って円さんみたいな感想を持った」と首相が応じ、野沢法務大臣は、世界的な傾向として「二重国籍等を認めるという流れが今のところ大きくなっている」という認識を示した。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

« November 2004 | Main | January 2005 »