« May 2004 | Main | September 2004 »

June 25, 2004

二重国籍はずるいのか

 入管法の改正が行なわれた国会の法務委員会で、今ひとつ国際カップル/ファミリーが注目する法律が議論されていた。それは国籍法の二重国籍に関する諸規定である。
 じつは来年2005年は、国籍法にとってひとつの節目となる年である。どんな節目かといえば、それは前回の改正から20年が経過することと関係がある。

改正から20年を迎える父母両系主義

 20年前。1985年に行なわれた改正とは何かといえば、出生の時に日本国籍が与えられる範囲を、日本人父の子どもだけなく日本人母の子どもにも拡大し、父系主義から父母両系主義に転換する改正であった。今となってはウソみたいな話だが、たった20年前の1985年以前は、日本人と外国人の間に生まれた子どものうち、母親しか日本人でない子どもには日本国籍が認められなかったのである。来年になると、この改正の趣旨にしたがって日本国籍を得た子ども達が20歳となって成人の仲間入りをはじめる。そこで2005年は、父母両系主義の国籍法の下で生まれ育った子ども達が、いよいよ成人の日を迎えるという年になるわけだ。
 父権に特別な意味のあった戦前ならばともかく、なぜ戦後、それも40年間も父系主義が生き残れたのか。リアルな感覚として捉えることは、すでにむつかしい。

「国際結婚した女は、外国に嫁に行ったも同然」
 そんなフレーズは、今日ではまず聞かなくなったが、あっしが外国人がらみの活動に取組み始めた1990年台初頭には、まだその残り香があった。外国人夫の呼び寄せの相談をするために、日本人女性と一緒に入国管理局に行くと、退職後の嘱託職員であったに違いないベテラン相談員からこの言葉を聞いた覚えがある。

 日本人女性の国際結婚といえば進駐軍の米兵と「パンパン」。ついこのあいだ気がついたことだが、そんなイメージを持った世代がいる。あっしにとっては親と同世代。「ギブミー・チョコレート」世代は、当時はまだ立派な現役世代だったハズ。ここらへんの時代風景を若い人が振り返るには武論尊の「ドーベルマン刑事」(かつて少年ジャンプで連載。01年復刻)、ちょっと下っては吉田秋生の「河よりも長くゆるやかに」あたりの漫画が入手もしやすいし手っ取り早い、そう思ったりもするが、まああっしの文献紹介(?)はあまりあてにならないのでご参考まで。

 とにかく、戦前ばかりか1985年当時までそんな意識が国内に根強く残っていたことを、どうか念頭に入れ、忘れないでいて欲しい。以後の話はこのような当時の世論環境に思いが及ばないと上手く理解することができないと思うからだ。

 ずいぶん横道にそれたが話を戻そう。国会の法務委員会で話題にもなったのは、この国籍法が持つ国籍選択制度と呼ばれる諸規定である。これは2つ以上の国籍を持った子どもは20歳から22歳になるまでの2年間のうちに、日本国籍か他の国籍を選ぶのかを宣言し、なおかつ選ばなかった国籍を放棄しなければならないという規定である。日本以外の国籍を選ぶと宣言したり、まったく宣言をしない複数国籍の保持者から、日本政府は日本国籍を剥奪することもできる…、と定められている。

 さて、あなたはこのように成人後国籍の選択を強制する必要があると思うだろうか。
 いわく「二重国籍はずるい」というは本当か?

 そんなことについても書いていくのでよろしくお願いします。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

June 24, 2004

改正施行規則への対案のメモ

国民健康保険法について6月1日の施行規則改正のニュースが伝えられる前に、
1月の最高裁判決の趣旨にしたがって運用するとしたら、こんな感じかしらと
いう話が、国保裁判の支援グループ内でずいぶん話されていた、ような気がします。

このときのイメージを忘れないように、防備録的にここにアップしておこうと思います。
このメモの性格は、もちろんただただあっしの一存で整理しアップするものですが、
その個々の内容については、オリジナルのアイデアはほとんど含まれていない
ことをお断りしておきます。

それから整理するにあたって、あたかも厚生労働省のような
立場にたったような感じでまとめています。

ちょっと在特の手続きや、外国人登録に対する知識がないと
読んでもなんのことやらわからないかもしれません。

ようするに厚生労働省が施行規則の改正にあたって、
あたかも加入資格の認定作業が、実務的に難しい
かのような発表をしたので、
よく考えれば、最高裁の趣旨の通り、在特を希望して
出頭している外国人という範囲ならば、ちっとも
難しくはないぞ。…ということを示す資料だと
受け止めてくださいませ。

前置きが長くなりました。
------------------------------------------メモここから

1.市町村窓口の審査方法について

 なお、実際に加入資格の認定にあたる市町村の窓口に
 対しては次のような審査手順が考えらえる。これを各市町村に
 対して適切に指導することができる。

 (1)【確認すべき資料】在特審査中の者に対して発行されている
  審査番号を、地方入国管理局の連絡先と事件本人氏名の記
  されている「提出すべき資料について」やその写しで確認。
   仮放免中のものについては、「仮放免許可証」でもって確認する。
  また、在特を求める理由について不明瞭な場合は、入国管理
  局に提出した「理由書」の写しの提示を求める。
 (2)【生活実態の調査】
  保険税の請求や徴収に必要な生活状況の調査を併せて行なう。また、
  (1)に記した資料のうち、「仮放免許可証」以外の提示を得られない場合は、
  事案を直接扱う、弁護士や行政書士に確認し、生活状況の調査を行なう。
  提示を求めるべき資料や、代理人の証言等、在特を求める手続きが進行
  中であることについて具体的な根拠が得られない場合は、加入資格があ
  ると認定しないことができる。
 (3)【在特審査の終了時の扱い】
  在特審査が終了するも在留資格が得られなかった場合や、取り下げた場合、
  当該外国人は全て退去強制処分に付されることになるため、出国時に外国
  人登録カードを回収し、登録原票を閉鎖することになる。これを受けて通常の
  登録原票の閉鎖時と同様の扱いで、加入者資格の喪失の手続きを行なう。
  保険証の再発行時、
  また、なんらかの理由で退去処分が執行されなかった事案では、
  有効期間は1年と短期間に設定されている外国人登録カードの
  同カードの更新・再発行の申請を受けたときに、喪失の手続きも併せて
  行うことができる。

2.法務省・入国管理局との必要な協議

 (1)法務省とすみやかに協議し、事案番号の確認や審査状況についての照会に
  必要な事項を整理確認し、加入資格の認定・喪失の手続きの円滑化を図る。
 (2)加入資格があると思慮される事案については、入国管理局でも必要な手続き
  を取るよう、事件本人に指導すること。審査中および在留資格の交付後の
  保険税や年金税の継続的な納入について、その意義についての認識を高める
  ことに同局の本来業務を優先しつつも協力を求める。

----------------------------------------------メモここまで

| | Comments (0) | TrackBack (1)

June 16, 2004

外国人関連イベント詳解(~ほぼ7月中旬)

忙しさにかまけて、ちょっとうめくさ的にイベント案内。出かけられない人はテレビでもということで、TBS系が6月20日(日)16:00~16:54放送予定の番組『絆・パパを返して!! --キン・マウン・ラットさん一家、6年間の記録』(関連サイト)でも観るのがいいかも。


◎このままでいいの? 外国人差別に「寛容な」日本
~人種差別禁止法制定に向けて~

10月に宮崎シーガイアで開かれる日弁連人権擁護大会に向けたプレシンポジウムのひとつ。ビデオ「堂々とチマ・チョゴリが着たい」の上映のほか、在日の生徒をはじめ当事者からの報告や学校アンケートの報告、講演やパネルディスカッションという構成で行なわれる。パネリストは、内海愛子、山崎公士、ツルネン・マルティ、旗手明ら。

【と き】2004年7月3日(土)13時~17時
【ところ】弁護士会館2階講堂「クレオ」(地下鉄霞ヶ関駅下車)
【ひよう】無料
【問合せ】東京弁護士会法律相談課 03-3581-2206
【詳 細】関連サイト


◎~元受刑者の体験と行刑改革会議をふまえて~
受刑者の人権を保障する刑務所の在り方


刑務所改革を審議した行刑改革会議のメンバーであった菊田幸一氏(明治大学教授)と元受刑者の三浦和義氏から、刑務所の実態をお聞きし、受刑者の人権問題について考える。

【と き】6月26日(土)午後14時~17時
【ところ】なごやボランティア・NPOセンター 第一研修室(地下鉄伏見駅下車)
【ひよう】1千円(予約不要・先着100名)
【問合せ】TEL/FAX 052-895-0515(アムネスティInt'日本なごや栄G)
【詳 細】関連サイト


◎「アボン・小さい家 ~地球で生きるために」

フィリピン、ルソン島北部山岳地帯に暮す日系3世(日本人移民労働者の子孫)の家族の懸命に生きる姿を中心に、先住山岳民族の暮し、出稼ぎ労働者の事情、自然、宗教、文明…などさまざまなテーマを浮かび上がらせている作品。フィリピンの山岳民族のゆったりした暮らしと、山々の風景が心を和ませてくれる。上映時間130分、日本語字幕、2003年日比協同制作劇映画。

【京 都】7月17日(土)14時半~・京都商工会議所(地下鉄烏丸線丸太町>駅下車
【大 阪】7月18日(日)10時半~・13時半~・大阪市立総合生涯学習センター(北区梅田1-2-2)
【神 戸】7月19日(月・祝)10時~・13時半~・兵庫勤労市民センター(JR兵庫駅)
【ひよう】1000円 (中高生700円)
【問合せ】0774-48-1100(CFFC)、03-3843-0877(サルボン)
【映画詳細】関連サイト


◎アフリカ・ルワンダの文化、歴史、今について知ろう!

2004年3月にルワンダへのスタディーツアーを実施した(財)神奈川県国際交流協会が、料理の紹介と講演会を通して、ルワンダやルワンダでのNGOの活動についての知識を伝えるための企画。午前の部は料理教室。昼食後は講演会。

【ところ】2004年7月3日(土)10時~17時
【ところ】あーすぷらざ1階(JR根岸線本郷台駅)
【ひよう】料理教室/2100円、講演会/1470円
【問合せ】TEL 045-896-2964(同協会国際協力課)
【詳 細】詳細PDF


◎母語保障の取り組みと「継承語教育」
移住労働者の権利条約早期批准と人種差別禁止法の制定を!
RINK連続学習講座-1

 RINKが行なう全5回の連続学習講座。初回は外国人の子どもの教育をテーマに企画。現在日本生まれのニューカマーの子どもや両親のどちらかが外国人の子どもが多くなる中、自分たちのルーツとしての言語を継承する「継承語教育」が注目される。友澤昭江氏(桃山学院大学)を招き、基本的な内容とプログラムのいくつかを例示。

【ところ】2004年6月25日(金)18時半~
【ところ】エルおおさか701号室(地下鉄・京阪満天橋駅)
【ひよう】500円
【問合せ】TEL 06-6910-7103 E-mail
【詳 細】関連サイト

【以後の予定】7月23日(金)「外国人のメンタルヘルス」植本雅治氏(神戸市看護大)
9月22日(水)「韓国の外国人労働者政策」郭辰雄氏(コリアNGOセンター)
10月27日(水)「グローバリゼーションとフィリピンの移住女性介護労働者」小ヶ谷穂氏(日本学術振興会)
11月24日(水)「外国人差別と人権」丹羽雅雄氏(弁護士・RINK)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 09, 2004

そういう問題かぁ?…国保法施行規則改正

 入管法改正の記事が終わらないが、昨日6/8に、国保のニュースが飛び込んできたので、それについて。


  不法滞在者を一律除外に 外国人の国保適用対象から


 不法滞在の外国人をめぐる医療問題で、厚生労働省は、国民健康保険法の施行規則を改正し、在留資格のない外国人などが国保に加入できないことを明文化する。8日から施行し、国保の運営者である全国の市町村に周知徹底する。(2004.06.08 共同通信)

  改正を正確に知りたければ6/8日付けの官報に出ており、PDFでダウンロードできる。
                             ・官報2004.06.08

「在留資格のない外国人でも、安定した生活を継続的に営み、将来も維持する可能性が高い場合は加入が認められる…」
最高裁は今年1月、厚生労働省の意に反するそんな判決を下した。
 この判決を受けて、やむなく同省も方針転換…、となることは現実にはなかったわけだ。

 実は、判決直後から、同省保健局がこの判決に対する反発する雰囲気だったことは、あっしごときのところまでモレ伝わっていた。じっさいに多くの市町村の窓口では、判決後も以前と変わらぬ「現状維持」での対応が続いていた。
「判決後の未加入を争えば、オタクの反論は持たないし、負けるよ」
とある役場でそんなセリフを使ってみたが
「まあ、そりゃそうなんだけどね…」そんな反応だった。
自分のところが事件にならないことを願う…。そんなニュアンスのやり取りもあった。

 さて、そもそもことの始まりは92年、同保健局が自治体向けに発した通達だった。
それまで在留資格に係わらず加入することができた国民健康保険は、この通達で在留資格のなかったり、あっても、1年以内に在留資格がなくなってしまうとみられる外国人は医療保険を利用することが出来なくなってしまったのである。

 裁判で争われたのは、無国籍で韓国から来た中国系外国人の息子の手術・入院費用だった。
高校入学直後に脳腫瘍が発見され、病院は手術をし長期入院。そしてリハビリをした。小学生のころから「風邪をひくな」そう言われながら育った子どもだったが、彼にどうすることができよう。そんなケースだ。

 裁判に臨んだ原告側は、国保法には加入要件として「住所があること」と定義されている点を突いた。
じっさいいくらくまなく読んでも法令上はこの規定しかない。

「日本に住所がない!? それじゃあ他のどこに住所があるというの?」
「韓国? それとも中国?」
「それは何県何市何町の何番地のことなんだ言ってみろ!」

 そう詰め寄られたらら、横浜市や国側の反論は、まあ、素人目にはまったく説得力がない。
 原告に対する失礼を承知でいえば、父親すら無国籍で出身の韓国に戻ることもできないなんて、ここまでよくぞ「住所論争」にぴったりの原告がいたものだ。

 教科書的にいえば、通達はあくまで組織内部しか拘束しない。
つまり厚生労働省と、同省から業務を委託されている自治体の担当部局の行動規範とはなりえても、その行為が正しいことを対外的には保証しない。だから法廷では、行政機関の行為の根拠とはみなされず、あくまで参考資料となる理屈だ。
弁護する上では当然の戦術といえる。

 最高裁の判決でも、「国民健康保険法に不法滞在の外国人を排除する規定はなく…」と、加入の妥当性を市町村が判断すべきケースがあるだろうと論を進める形になっている。

 自らが発した通達が否定された格好になった厚労省。
 ならば、施行規則を改正して、いったん否定された通達と同様の文言を入れてしまえばよいだろうというのが今回の振る舞いだ。施行規則は省令と呼ばれることもある。同省が一方的に制定できる上に、通達とはことなり法的な拘束力があるから、「これなら文句はないだろう」とやり返したわけだ。

「ちょっとまてよ。そういう問題かぁ!?」
…そう言っても、もちろん待ってくれるわけではないが、「ちょっと待ったコール」で手を挙げたい。

 最高裁判決とて、全面的に92年通達の趣旨を否定しているわけではない。「対象を適法な居住関係者に限定することに合理的な理由はある」としっかり述べている部分もある。あっしにはこの最高裁判決が92年の通達を否定しているようには読めない。むしろ、ほんのちょびっとしかない例外的な事例には、きちんと配慮して適用しなさいということだっと読める。いやそう読むべき判決なのだ。

 そもそも国保法の「精神」は皆保険制度の実現だった。当時は国民皆保険制度といわれたが、「国民」はもはや日本国籍保有者に限定して理解すべき時代ではない。最高裁の判決をこの意味からとらえれば、今回の政令の「改正」は判決の趣旨とは正反対の措置だといえる。

「じっさい、市町村はどうやって判断すべきなの?」という主に窓口現場の声も聞いている。でもね。今回裁判で争われたケースを考えてみてよ。これを認定できない感覚がどうかしてるんじゃないの? 
 じっさい、92年通達に反して、在留特別許可の審査中の母子家庭などに国保を適用している自治体はいくつかそのスジでは知られている。より詳細な事実認定が通常業務となっている生活保護の適用では、もっと多くの自治体がこうしたケースに対応している。必要性を感じて職員がノウハウを磨いてきた自治体には、厚労省が「できない」という認定業務をすでにやっているわけだ。
 最高裁がしめした在特申請中というラインなら、実務はそれほど難しくない。

 これを全国一律で、だめとした厚労省の感覚のなさ。そうしてくださいと頼んだと言われるいくつかの自治体のなさけなさ。事態の解決は、こうした実務能力の育成にあるのかもしれないけれど、いくつかの自治体で実践されているこの芽を摘むことになるという意味でも、今回の政令は時代錯誤だと指摘しておきたい。
「実務」のためとか「一律に」とかそういう理由で、またしても現実への対応は遅れることになってしまうだろう。いつでも置いてきぼりを食うのは現実なのだ。


国民健康保険:不法滞在外国人も加入資格あり 最高裁 2004/01/15
横浜市、最高裁判決で原告の国保加入へ(2/17)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 04, 2004

入管法改正論議を観戦して-7 (難民認定制度/60日)

 難民認定制度の改正のうち、前回は参与人制度についての国会の議論を検討してきた。
 ようやく「60日ルール」に移ろうと思う。

(1)国内での申請はそもそも想定外の現行法

 衆院法務委員会が参考人として招いた元入国管理局の神山進氏は次のように語っている。
「79年~80年の当時は、国内に滞在する外国人が申請することなど想定していなかった」
 この神山進は、出入国管理法にはじめて難民認定制度を盛り込んだときに、海外の制度を研究し原案の策定と調整にあたったということで証言を求められたわけで、じっさい難民認定の実務家向けのテキストを著したりしている人物だ。
 政策的に認定制度の整備が急がれていた当時は、インドネシア難民といった海外の難民をいかに認定するかということしか、そもそも当時は念頭になかったわけだ。これは申請者の大部分がいったん在留資格を得て入国してから申請している現状とはかなり意味が異なる想定である。

 当初の入国理由で在留資格を更新することが困難になってから、あるいは在留資格を失ってから申請に及ぶケースがじっさいには多い。これは空港などで難民申請しながら入国を許されるケースがあまりないことの裏返しでもあるのだが…。ましてや、日本滞在中に政変が起きたり自国の大使館に抗議デモを行なったりして、本国政府から新たに目をつけられるようになったケースなどは、はじめからまったくの想定外だったわけだ。

(2)きちんと「60日ルール」は運用されるべきだった!?

 入国後60日以内に難民申請をしなければならないという「60日ルール」は、まことに評判が悪いルールであった。申請数を減らすための足きり効果を発揮するだけだったからである。もし帰国すれば生命の危険がある人を保護するという精神からすれば、60日を過ぎたからといって認定審査の対象外とするこの規定こそ、非人道的なルールに見えていた。

 前出の神山氏は改正案への賛成の立場からの意見陳述を試みたのだが、そのなかで次のようにも語っている。
「その後の運用をみると『やむをえない事情』の但し書きの範囲が硬直的になった」
当時のUNHCRへのヒアリングでも、この但し書きがあれば、60日の規定を置いても問題ないというサジェスチョンをもらったというエピソードまで紹介している。つまり、法案作成時の意図や趣旨からもズレて運用が厳しくなってしまったと振り返ってみせ、無用な批判を受けるハメになったと、今回の改正を支持するのである。

 「まごまごせずに入国管理局にいいに行けばいいではないか」。
 あたかもそのように運用されていて、行政裁判に訴えった申請者の主張をなぎ倒していったこのルールだが、じつは現行法では想定されていない国内居住者の申請が大半になってしまったことと、立法の精神が捻じ曲げられていたことによる結果だったのか。神山氏の意見陳述、なんとも気の抜けた話のように聞えた。

(3)タダシガキが焦点

 もっとも60日ルールの撤廃には、これを否定する議論はほとんどないだろう。むしろセンシティブなのは現行法にあるこの「但し書き」の理解であるように思われる。
 なぜ廃止される規定の、それも但し書きが問題になるかといえば、次に詳解する仮滞在制度の「半年ルール」や「第三国規定」の例外として「援用」されるかいなか。もし援用されるとすれば、どの程度かということを思い起こされるからだ。

 さて、法案が国会を通過成立したことを受けて、国内3大紙の毎日新聞は『認定見直し 「難民鎖国」から変わる第一歩に』という社説を掲載した。毎日新聞社説5/29
 この社説も上記のようなテーマをよくとらえている。ただし文中「難民申請期間を現行の入国後60日から6カ月に延長」としているのは、厳しい制限がついた仮滞在制度の規定を混同してしまった誤り。ネット上のアーカイブに掲載されている場合、もこうした間違いを訂正する手はないのだろうか。

(4)明日6/5に大阪で

 さてさて、今週末に「リバティ大阪」(大阪人権博物館)が特別展示「作られる日本国民」の特別講演として、仮放免中の難民申請者と弁護団や支援NGOのスタッフによるパネルディスカッションが開かれる。入管・難民問題や、中国残留日本人の養子の在留資格の取消しの現状がテーマだというので、この場をかりてご紹介します。

 日時:6月5日(土)
 場所:リバティ大阪(大阪人権博物館)
 地図はこちら→http://www.liberty.or.jp/guide/prof/root.html
 料金:入館料500円。講演に関しては無料。

 まだ仮滞在が残っちゃったけど本稿はこのへんで。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 02, 2004

仮想 !! 参考人Aの意見陳述-1

(さてちょっと一服するために、国会でこんな参考人の陳述があったらねぇ。そんなんを考えてみました。読み物としてのご提供となります。お楽しみいただけるでしょうか。)

仮想 !! 参考人Aの意見陳述

 まず、はじめに、本日はこのような尊い機会をいただきまことに心から御礼を申し上げたいと思います。
 さて、私は饒舌な達でもあり、本日させていただく話もあちこちに飛ぶことになるでしょうから、私の意見陳述は少々分かりにくくなってしまうところがあるかもしれません。ですから最初に背骨を紹介させていただきまして、それを順番に追いながらお話しているということで、以後の話を各位のご見識の中で、最大限にご理解いたたけるようお願いいたします。

背骨というのは、今回の法改正の議論を眺めていると、入国管理や外国人政策を論じる上で、大切だと思われる次の大きな三つのうねりがそれです。この法案の審議の模様を観戦するにつき、私が感じたうねりなのですが、今ここでそれぞれの方に、共通かつ明確にご理解いただくことが不可欠な要件だろうと思うわけです。
 その三つのうねりとは、
 1.テロの予防や犯罪率の抑制という治安対策として不法外国人対策
 2.新産業の振興や人口政策を背景にした外国人労働者導入の新たな枠組みの模索
 3.これまであまりに消極的に過ぎた難民認定と制度的未熟
 であります。
 

 1.テロの予防や犯罪率の抑制という治安対策として不法外国人対策

 とくに緊急の課題として論じられており、ここ数年の法改正で毎回意識されてきたのは、治安対策です。いわば法改正の直接の動機であるといえましょう。とくに、25万人と言われる不法滞在者を今後5年間で半減させるという平成15年12月の犯罪対策閣僚会議の行動計画があります。法案を議論するにあたっては、その行動計画の重要な要素として、国内の取り締まりや水際の取り締まり方法として入国管理があるということになります。
 これは当初、国内の治安悪化、つまり犯罪率の上昇や市民の不安をいかに抑えるかという観点からのものでありましたが、後に、イラクの戦争や北朝鮮による拉致のことがあって、のちにテロに対する予防策という意味合いが加えられるようになってきました。
 
 外国人の犯罪率ということでいえば、ここで詳しく述べる時間はございませんが、私どもは警察庁の公表する数字をもってしても、決してここ数年にとくに高くなった様子を伺うことはできない。そういう見方をしております。
取り締まりを強化すれば、補足率や事件の件数や、検挙数は当然増えます。この傾向は、とくに「つまらない犯罪」といってはなんですが、比較的軽微な罪状で顕著になります。
また、不況にも係わらず十年前と比べれば国内における外国人の人口は増えております。発生する犯罪の数は増えても率はそれほどかわりません。取り締まり強化の必要性を強調する際に用いられる、まさに同じ統計上の数値を使っても、「増えていない」そのように読むことができるのです。
自らの活動に「成果」を与えたい捜査や取り締まりの担当機関が提示する数値に対しては、もう一方で、それを知性を持って冷静に読み込む方がもう少し大きな声を挙げなければ、本当のところを見失ってしまうのではと強く危惧しております。

ここでは統計論争をことさら強調するつもりはございません。
しかし、ここにお集まりの方々に、ぜひふたつだけ思い起こして欲しいことがあります。
まずひとつは、こうした制度的なことを議論する際に、なにより想起しておいていただきたかったのは、在留資格をもつ持たないに係わらず、国内で善良に生活する圧倒的多数の外国人が、この不況下で、大いに苦しんできたこと。そして、その苦しみを和らげるような政策は、私どもの知るかぎりひとつも打たれてこなかったことです。
不況への転落の課程で、まず工場から、そして作業現場から追い出されたのは誰でしょう。いまだ、公共事業を含むゼネコンの建設現場から、国籍や顔つきや肌の色だけで排除されているのは誰でしょう。
バブル期に製造業や建築業など今日の「衰退産業」に組み込まれ最後を下支えし、そして5年10年を経て放り出されたのが彼らです。不況期になって、一律にこれらの産業からも追い出されることで、失業し、日本企業を延命し、日本人に職をゆずり渡してきたのです。経済学的には、これを景気や構造転換の安全弁というようであります。人権派のNGOの皆さんは、このような状況で苦しむ、もはやそれほど若くはなくなってしまった労働者から相談を受け、何も出来ずにいる。そんな声をたくさんいただいております。

いろいろ取りざたされている犯罪率の話をするときに、もうひとつ思い起こさなきゃならないのは、犯罪率の上昇は、一般には失業率の高さに比例するという、ごくあたりまえの法則です。
長期あるいは断続的な失業の状態をなんとかしようとするときに、人は誘惑に負けやすく、正しい道を選び自らを鍛えることの希望を失いやすいからです。これは言うまでもないことでしょう。
私の目から見ると、そんな人生の危機の状態にある人を「しっぽを出せば追い出すぞ!」と脅しているのが、ここ数年提出されている入管法の改正案のすべてです。今回の改正案もそうです。

ならば、もし犯罪率を下げたい、安全な社会を護りたいと願うのならば、なぜ決して、「正しい道を真剣に歩めばそこには希望がある」そういうメッセージを出そうとしないのでしょうか?
 犯罪抑止とは、誘惑に惑わされそうになっている人々に、正義の道しるべと希望の光を与えるものでなければならないはずです。迷いうる人は、このような厳しい現実のなかで、率は少ない。率は少ないけれど決して小数ではありません。
 政府の行動計画にも、今回の出入国管理法の改正案にも、いまや客人ではない外国籍の市民を、どこに導こうか。今ここで、たとえ苦しくても、悪よりも正義の選択を促すようなメッセージがまったく欠落してしまっていることに、あまりにも知性と思慮のなさを感じております。

 私どものような立場からすると、このような取り締まりの際に起こりがちな人権侵害をチェックする役割が社会的にも期待されているところであります。
すでに、難民申請中の方や日本人と婚姻して在留特別許可を申請中の方が、逮捕拘束されてしまうというようなことが起っております。都下では、イスラム圏の出身者の自宅を警察官がローラー的に訪れ、「イスラム信者である以上はテロリストとの関係を疑われて当然」みたいな横柄かつ民族性にまったく配慮のない態度を見せるような話が、連日寄せられているわけです。アフガンの難民申請者は、9.11直後に捕らえられてしまい、テロとの関連性を濃くにおわせた報道発表までされたのですが、先日出たばかりの東京地裁の判決では、このようなあらぬ疑いをまったく否定するような判決が下されています。
 たとえテロ対策の捜査であっても、外国人だけに、そして特定の民族や出身地のグループに対して露骨にならない捜査法というのが、善良な市民の生活を護る手段として、そして礼儀としてあるわけです。そういった捜査方法の研究をなされたご様子が、たとえば職員の方の論文として発表されるとか、そういう形でも出てきていない。

「テロリストを水際で排除せよ」。
…本当に勇ましいことで、そうなれば安心なのかもしれません。でもそんなことなんかできるわけがないじゃありませんか。多少の情報データを参照できるのかもしれないけど、空港のブースに座っている係官にできるわけがない。
IDカードだろうとパスポートだろうと指紋だろうと虹彩だろうと、変造や抜け道はかならずある。100%万全なものなんかありゃしない。世界中の全住民のデータを蓄積するなんてことも、永遠にそんな時代は来ないじゃありませんか。
世の中には、アナリストとかジャーナリストと、「イスト」がいるわけです。そういえばここにはたくさんのジュリスト(=法曹家。両院の法務委員会のメンバーには弁護士や検事といった法曹界の出身者が多い)がお集まりになっていらっしゃいますよね。
まあ、近頃はなんとかイストを名乗る方々が、掃いて捨てるほどいるわけですが、そのなかでも社会的に広く認知されるような「イスト」は、真のプロフェッショナルということですから、最高の知識と技術と経験を併せ持って、真の目的のためには最大限の努力を払うわけです。みなさんがこれまでそうなさってきたように。
そうした「方々」を相手に、入国管理局の職員が、たとえちょっとした情報システムで武装したとはいっても、毎日一人で何百人も相手にしながら、短時間のチェックで見分けられるわけがない。たとえ捕まったとしても、そんなの「イスト」の名に値しないザコばかりということになるに決まっているわけです。
ようするに、あたかも水際で入国させないで済むなんて幻想なんです。幻想を振りまくのもよくないし、その幻想を支えなきゃならない入国管理局にとってもじつは迷惑な話であるにちがいない。あげくのはてに必要な入国を妨げ、人権侵害だとか、人でなしだとか、国際化の時代に逆行しているとか、表面的にはそうなんだけど、本質的なところでは的ハズレな批判を受けてしまうことになる。

不正な入国や滞在を水際で防ぐということもまた同様なわけです。たかだか、書類と短時間のやり取りで、それができるなんて思わない方がいい。「やれ」とか「やらなきゃいけない」と思うから無理が来るわけで、公の場では説明できない部分が出てしまう。じっさい国会というところでも、具体的な事例になるとどう見てもおかしな「プライバシー」や「総合的な判断」とかいって、「御答えできません」なんてことになってしまっているというわけです。
結局のところ、テロや犯罪の抑制は、社会全体で取組むべきことであれ、入国管理局だけでできることではない。警察だけでもできない。こうした機関は、明らかにとか見るからにそれと判るときは、その権限を振るえばいいけど、それを除けば、あとはやるべきこと、一応のチェックをかけて、できた記録を保存管理して…、ということを日々きちんとやるしかない。

じっさい、人が正しい道を進み社会を成長させることに貢献するか、悪の道に迷い込みそちらに加担するかは、どちらの味方を増やせるか「陣地戦」じゃないでしょうか。公のためを騙って、ある集団を押しつぶそうとすれば、その集団全体を敵に譲り渡すようなものです。そういうせめぎあいが、とくに外国人に限るわけでも、不正規滞在の人々に限るわけでもないですが、そこここにあるというのが、現実でありましょう。まるで善と邪悪のふたつの世界があるかのような世界観であり、単純といえば単純で、どこかの大国の大統領演説のように聞えてしまうのは不本意ですが、ごく単純に判りやすくいえばそうなるのです。
まあ、私は単純過ぎる策を変更すべきたという立場でこれを述べているので、その点はお許しいただきたいし、誤解しないでいただきたい。とにかく、いずれの層にも、希望の光や前進の道を示し育むことが、市民としての正しい行動規範やその陣営の内側に留まらせ、時代を乗り越えていく原動力となるということを思い起こしていただきたいのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« May 2004 | Main | September 2004 »