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June 02, 2004

仮想 !! 参考人Aの意見陳述-1

(さてちょっと一服するために、国会でこんな参考人の陳述があったらねぇ。そんなんを考えてみました。読み物としてのご提供となります。お楽しみいただけるでしょうか。)

仮想 !! 参考人Aの意見陳述

 まず、はじめに、本日はこのような尊い機会をいただきまことに心から御礼を申し上げたいと思います。
 さて、私は饒舌な達でもあり、本日させていただく話もあちこちに飛ぶことになるでしょうから、私の意見陳述は少々分かりにくくなってしまうところがあるかもしれません。ですから最初に背骨を紹介させていただきまして、それを順番に追いながらお話しているということで、以後の話を各位のご見識の中で、最大限にご理解いたたけるようお願いいたします。

背骨というのは、今回の法改正の議論を眺めていると、入国管理や外国人政策を論じる上で、大切だと思われる次の大きな三つのうねりがそれです。この法案の審議の模様を観戦するにつき、私が感じたうねりなのですが、今ここでそれぞれの方に、共通かつ明確にご理解いただくことが不可欠な要件だろうと思うわけです。
 その三つのうねりとは、
 1.テロの予防や犯罪率の抑制という治安対策として不法外国人対策
 2.新産業の振興や人口政策を背景にした外国人労働者導入の新たな枠組みの模索
 3.これまであまりに消極的に過ぎた難民認定と制度的未熟
 であります。
 

 1.テロの予防や犯罪率の抑制という治安対策として不法外国人対策

 とくに緊急の課題として論じられており、ここ数年の法改正で毎回意識されてきたのは、治安対策です。いわば法改正の直接の動機であるといえましょう。とくに、25万人と言われる不法滞在者を今後5年間で半減させるという平成15年12月の犯罪対策閣僚会議の行動計画があります。法案を議論するにあたっては、その行動計画の重要な要素として、国内の取り締まりや水際の取り締まり方法として入国管理があるということになります。
 これは当初、国内の治安悪化、つまり犯罪率の上昇や市民の不安をいかに抑えるかという観点からのものでありましたが、後に、イラクの戦争や北朝鮮による拉致のことがあって、のちにテロに対する予防策という意味合いが加えられるようになってきました。
 
 外国人の犯罪率ということでいえば、ここで詳しく述べる時間はございませんが、私どもは警察庁の公表する数字をもってしても、決してここ数年にとくに高くなった様子を伺うことはできない。そういう見方をしております。
取り締まりを強化すれば、補足率や事件の件数や、検挙数は当然増えます。この傾向は、とくに「つまらない犯罪」といってはなんですが、比較的軽微な罪状で顕著になります。
また、不況にも係わらず十年前と比べれば国内における外国人の人口は増えております。発生する犯罪の数は増えても率はそれほどかわりません。取り締まり強化の必要性を強調する際に用いられる、まさに同じ統計上の数値を使っても、「増えていない」そのように読むことができるのです。
自らの活動に「成果」を与えたい捜査や取り締まりの担当機関が提示する数値に対しては、もう一方で、それを知性を持って冷静に読み込む方がもう少し大きな声を挙げなければ、本当のところを見失ってしまうのではと強く危惧しております。

ここでは統計論争をことさら強調するつもりはございません。
しかし、ここにお集まりの方々に、ぜひふたつだけ思い起こして欲しいことがあります。
まずひとつは、こうした制度的なことを議論する際に、なにより想起しておいていただきたかったのは、在留資格をもつ持たないに係わらず、国内で善良に生活する圧倒的多数の外国人が、この不況下で、大いに苦しんできたこと。そして、その苦しみを和らげるような政策は、私どもの知るかぎりひとつも打たれてこなかったことです。
不況への転落の課程で、まず工場から、そして作業現場から追い出されたのは誰でしょう。いまだ、公共事業を含むゼネコンの建設現場から、国籍や顔つきや肌の色だけで排除されているのは誰でしょう。
バブル期に製造業や建築業など今日の「衰退産業」に組み込まれ最後を下支えし、そして5年10年を経て放り出されたのが彼らです。不況期になって、一律にこれらの産業からも追い出されることで、失業し、日本企業を延命し、日本人に職をゆずり渡してきたのです。経済学的には、これを景気や構造転換の安全弁というようであります。人権派のNGOの皆さんは、このような状況で苦しむ、もはやそれほど若くはなくなってしまった労働者から相談を受け、何も出来ずにいる。そんな声をたくさんいただいております。

いろいろ取りざたされている犯罪率の話をするときに、もうひとつ思い起こさなきゃならないのは、犯罪率の上昇は、一般には失業率の高さに比例するという、ごくあたりまえの法則です。
長期あるいは断続的な失業の状態をなんとかしようとするときに、人は誘惑に負けやすく、正しい道を選び自らを鍛えることの希望を失いやすいからです。これは言うまでもないことでしょう。
私の目から見ると、そんな人生の危機の状態にある人を「しっぽを出せば追い出すぞ!」と脅しているのが、ここ数年提出されている入管法の改正案のすべてです。今回の改正案もそうです。

ならば、もし犯罪率を下げたい、安全な社会を護りたいと願うのならば、なぜ決して、「正しい道を真剣に歩めばそこには希望がある」そういうメッセージを出そうとしないのでしょうか?
 犯罪抑止とは、誘惑に惑わされそうになっている人々に、正義の道しるべと希望の光を与えるものでなければならないはずです。迷いうる人は、このような厳しい現実のなかで、率は少ない。率は少ないけれど決して小数ではありません。
 政府の行動計画にも、今回の出入国管理法の改正案にも、いまや客人ではない外国籍の市民を、どこに導こうか。今ここで、たとえ苦しくても、悪よりも正義の選択を促すようなメッセージがまったく欠落してしまっていることに、あまりにも知性と思慮のなさを感じております。

 私どものような立場からすると、このような取り締まりの際に起こりがちな人権侵害をチェックする役割が社会的にも期待されているところであります。
すでに、難民申請中の方や日本人と婚姻して在留特別許可を申請中の方が、逮捕拘束されてしまうというようなことが起っております。都下では、イスラム圏の出身者の自宅を警察官がローラー的に訪れ、「イスラム信者である以上はテロリストとの関係を疑われて当然」みたいな横柄かつ民族性にまったく配慮のない態度を見せるような話が、連日寄せられているわけです。アフガンの難民申請者は、9.11直後に捕らえられてしまい、テロとの関連性を濃くにおわせた報道発表までされたのですが、先日出たばかりの東京地裁の判決では、このようなあらぬ疑いをまったく否定するような判決が下されています。
 たとえテロ対策の捜査であっても、外国人だけに、そして特定の民族や出身地のグループに対して露骨にならない捜査法というのが、善良な市民の生活を護る手段として、そして礼儀としてあるわけです。そういった捜査方法の研究をなされたご様子が、たとえば職員の方の論文として発表されるとか、そういう形でも出てきていない。

「テロリストを水際で排除せよ」。
…本当に勇ましいことで、そうなれば安心なのかもしれません。でもそんなことなんかできるわけがないじゃありませんか。多少の情報データを参照できるのかもしれないけど、空港のブースに座っている係官にできるわけがない。
IDカードだろうとパスポートだろうと指紋だろうと虹彩だろうと、変造や抜け道はかならずある。100%万全なものなんかありゃしない。世界中の全住民のデータを蓄積するなんてことも、永遠にそんな時代は来ないじゃありませんか。
世の中には、アナリストとかジャーナリストと、「イスト」がいるわけです。そういえばここにはたくさんのジュリスト(=法曹家。両院の法務委員会のメンバーには弁護士や検事といった法曹界の出身者が多い)がお集まりになっていらっしゃいますよね。
まあ、近頃はなんとかイストを名乗る方々が、掃いて捨てるほどいるわけですが、そのなかでも社会的に広く認知されるような「イスト」は、真のプロフェッショナルということですから、最高の知識と技術と経験を併せ持って、真の目的のためには最大限の努力を払うわけです。みなさんがこれまでそうなさってきたように。
そうした「方々」を相手に、入国管理局の職員が、たとえちょっとした情報システムで武装したとはいっても、毎日一人で何百人も相手にしながら、短時間のチェックで見分けられるわけがない。たとえ捕まったとしても、そんなの「イスト」の名に値しないザコばかりということになるに決まっているわけです。
ようするに、あたかも水際で入国させないで済むなんて幻想なんです。幻想を振りまくのもよくないし、その幻想を支えなきゃならない入国管理局にとってもじつは迷惑な話であるにちがいない。あげくのはてに必要な入国を妨げ、人権侵害だとか、人でなしだとか、国際化の時代に逆行しているとか、表面的にはそうなんだけど、本質的なところでは的ハズレな批判を受けてしまうことになる。

不正な入国や滞在を水際で防ぐということもまた同様なわけです。たかだか、書類と短時間のやり取りで、それができるなんて思わない方がいい。「やれ」とか「やらなきゃいけない」と思うから無理が来るわけで、公の場では説明できない部分が出てしまう。じっさい国会というところでも、具体的な事例になるとどう見てもおかしな「プライバシー」や「総合的な判断」とかいって、「御答えできません」なんてことになってしまっているというわけです。
結局のところ、テロや犯罪の抑制は、社会全体で取組むべきことであれ、入国管理局だけでできることではない。警察だけでもできない。こうした機関は、明らかにとか見るからにそれと判るときは、その権限を振るえばいいけど、それを除けば、あとはやるべきこと、一応のチェックをかけて、できた記録を保存管理して…、ということを日々きちんとやるしかない。

じっさい、人が正しい道を進み社会を成長させることに貢献するか、悪の道に迷い込みそちらに加担するかは、どちらの味方を増やせるか「陣地戦」じゃないでしょうか。公のためを騙って、ある集団を押しつぶそうとすれば、その集団全体を敵に譲り渡すようなものです。そういうせめぎあいが、とくに外国人に限るわけでも、不正規滞在の人々に限るわけでもないですが、そこここにあるというのが、現実でありましょう。まるで善と邪悪のふたつの世界があるかのような世界観であり、単純といえば単純で、どこかの大国の大統領演説のように聞えてしまうのは不本意ですが、ごく単純に判りやすくいえばそうなるのです。
まあ、私は単純過ぎる策を変更すべきたという立場でこれを述べているので、その点はお許しいただきたいし、誤解しないでいただきたい。とにかく、いずれの層にも、希望の光や前進の道を示し育むことが、市民としての正しい行動規範やその陣営の内側に留まらせ、時代を乗り越えていく原動力となるということを思い起こしていただきたいのです。

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