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May 23, 2004

入管法改正論議を観戦して-5 (難民認定制度)

 難民認定についてはあまり実践的なことをしていないので、解説するようなことに躊躇を感じなくもない。それでも今回の改正の目玉でもあるので、今回と次回の2回に分けて論じてみることにしたい。詳細にはあまり詳しくないので、正確さよりも分かりやすさを重視してみたのだが、うまくいくだろうか。

(1)難民認定者を増加させようとするものではない

「政策的に難民認定者を数的に増加させようとするものではありません」
 法務大臣のこの答弁が物語るように、今回の法改正は難民支援団体をはじめとする受け入れに積極的な意見をもつ人々の期待を大きく裏切る結果になるのかもしれない。瀋陽の日本領事館に駆け込んだ北朝鮮人を問答無用で中国の警察当局に引き渡し本国に送り返していたことが、ビデオ映像で公表されて以来続いてきた議論の到達点であるはずの改正も、こんな調子になってしまったのはなぜなのだろうか。

(2)まったく認定していない日本に毎年2~3百人が申請

 さてここで日本の難民受け入れの現状を分かりやすくいうと、日本の難民認定の実態はゼロ。いかなる国からの難民も認めていないと言うべき状態なのである。年間10人や20人の認定数はあるのだが、それがどうしたというのだ。政府は「先進国並の認定率」と言い、認定数が少ないのは申請者が少ないからといわんばかり、じゃなかった、じっさいにそう説明を繰り返している。
 統計をみてもインドネシアからの難民が一段落した80年代以降、毎年たった一ケタ、しかもその前半というお寒い認定実績を積み重ねてきていて、ようやく10だの20だのという数になったのは、ここ数年のこと。難民から見ればこの実績はゼロであるにちがいない。少なくとも受験生が東大を受けるよりももっと難しいのに、ここ数年の申請者は2~300人。実績を踏まえれば、むしろよくこれだけ申請する人がいるものだと関心したくなる。ちなみに、法案がすでに出来上がっていた2月、昨年2003年の認定数が発表されている。その数は10人と前年を4人下回るテイタラク。年末に4人家族が認定されてようやく2ケタに載せたようだ。

   (参考)難民認定申請及び処理数の推移

(3)日本の周囲には難民が少ない!?

 そう、大半の難民は日本は難民を認定しないと知って、はなから諦めているのである。だから日本には来ないし、申請者も少ないのだ。それでも、たまたま日本に入国するビザが取れたり、日本に親類や家族がいる人や、日本に留学など滞在中だった人が申請する。それだけでも300人を超えるのである。アジアだけでも北朝鮮、アフガニスタン、イラクと相次ぐ政治的抑圧や紛争や政権交代がある。そしてミャンマーやスリランカのようにホットな内戦が続いている国がある。まるで難民はアフリカや中南米やヨーロッパ周辺にしかいないかのような政府見解を聞くたびに、「なんでそんなん言えるの?」と不思議に思う。

(4)改正の目的は国際世論上の改善!?

 先に挙げたような国々を少しでも歩いたことがある人ならそういった状況は用意に感じられるものだし、もし難民キャンプを訪れた人なら「日本に行きたい」という声や「でも日本は難しいよね」という声に触れ、「ごめんなさい」と謝るかうつむくかするしかないという体験をしているのである。与党公明党や野党の議員の若手議員の質問の中には、随所に視察等で自分が体験したところから語り出す語り口がひとつのパターンとなっているが、多少ナイーブではあるとはいえこうしたところから「国際世論」を捉えようとする姿勢に好感を持った。
 今回の改正案も、この国際世論の改善をひとつの大きな目的に掲げている。ただし、それは数ではなくて、認定率や認定の公平性や透明性ということになる。ようするに他の先進国から批難されたときに、「あんたの国とも同等だよ」そう言い返せるように、準備はしとかにゃいけない。苦しい言い訳でもできればいい。
 ともに国際世論を気にしながらすれ違うのは、政府案が前提としている「国際世論」と難民認定推進派の主張する「国際世論」のそういう違いによるものだ。


(5)難民認定は事実認定

 それじゃあ、今回の法案によってまったく事態は改善される可能性はないのだろうか。
「ない」と決め付ける前に、もうひとつ分かりにくいことを指摘しておきたい。それは、法務省も入国管理局も難民認定の原理を事実認定としていることである。
 日本は難民を受け入れてはいないが、それは「難民」である人が申請していないからだという説明が繰り返されていることを先に述べたが、これは日本の難民認定が、「何人受け入れるべきか」とか「どこの国の人を受け入れるべきか」という立場に立っていないことの裏返しなのである。
 つまり、「政治的な理由で本国に帰れば生命の危険にさらされる」という状況が事実として認定されてしまえば、入国管理局はそれが何人だろうとおよそ認定を渋ったり断ったりできる立場にはない。
 このような立場をとりながらも、いいかげんで恣意的な判定を繰り返して難民ではないと拒絶してきたからこそ、認定はゼロで申請者は少ないという現状が保たれているのだ。つまり今日のような難民受け入れ状況を保つためには、いいかげんで恣意的な判定を継続しなければならないというわけだ。

(6)どこまで公正で透明になるのか

 だから冒頭でも紹介した「政策的に難民認定者を数的に増加させようとするものではありません」という大臣の答弁には、実は次のような続きがある。
「ただし、今回の改正の結果、その数が増加してしまうこともありえるわけですが…。」
 大臣とて「あまり公正になってしまうと、数が増えてしまいますよ」という忠告や脅しの意味で使ったわけではないだろう。そこまでの悪意は感じられなかった。
 しかし、推進派にとっては「公正さや透明性を高めれば、実質的に認定者数の増加が得られる」という見込みが十分に成り立つという事情は、以上の説明でお分かりいただけたことと思う。とくに日常的に支援活動に従事している人たちならば、これは明白なことのように感じられているのである。
 難民認定を知っている人ほど、大臣が「増やす意図はない」という改正に魂を感じることは難しい。現実に「公正かつ透明な認定」ならば認定者数の増加であり、その増加を予想しないということは、お茶を濁すための中身のない改正にちがいないと思えるのだから。

 今回の改正は、入国後60日以内に申請しなければ審査の対象にしないとする悪名高き「60日ルール」の撤廃や、申請中に在留資格を与える「仮滞在制度」、さらに不認定の決定を受けた申請者が入管外部の審査員に異議申立てができる「参与員制度」の新設が柱となるが、今回はその背景を説明するだけでだいぶ長くなったので、個々のテーマに触れる前に稿を改めることにしよう。

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